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デブは現実を直視せよ!

diet-tanuki

ズボン裂け事件

 今を遡ること数年前、私はイオンの文具売場でフリクションボールの赤色を探していた。ボールペンタイプ、サインペンタイプ、リフィルなど、関連商品が売場の棚の上から下まで並べられており、私は棚の下段を見ようと屈んだところ・・・

「バリッ」

大きな音とともにスーツのズボンのお尻部分の縫い目が弾けた。フリクションボールの赤色どころの話ではない、緊急事態が発生した瞬間であった。

 エスカレーターを上がる時、女子高生が後ろの人に下着を見られないようにカバンでスカートのお尻を隠している姿を見かけることがあるが、その時の私は全く同じように自分の裂けたズボンのお尻をカバンで隠しながら、バスに乗って家に帰った。50歳を過ぎたおっさんが、女子高生のような仕草をするといういたたまれない時間であった。

 元々は身長173㎝、体重は62㎏ぐらいであったが、ズボン裂け事件当時の私は、知らぬ間に体重74㎏まで増えていた。仕事のストレス解消をコンビニのスイーツで解消したり、残業で遅くなった際には、ペヤングの超大盛(1000kcal以上!)とスナック菓子を同時に食べたり、乱れた食生活が、短期間の内に体重を増加させていたのであった。

これが序章であることを、私はその時、まだ知らなかった・・・。

異動事件

 74㎏まで太ったものの、ちょっとズボンのウエストがきつい、ワイシャツの首回りや脇の周りがきついくらいで何とかギリギリ服を新調せずとも対応可能な範囲だったため、少し食事に気を使うくらいで済ませていた。そんなある日のこと、別の部署への異動が決まった。

 私にとってはキャリアアップでもあり、当時は異動を喜んだが、全く慣れない仕事であるばかりでなく、出張が非常に多い業務であった。これが第2の悲劇の始まりであった。

 出張は楽しい!1度の出張で2週間ぐらい滞在するのだが、北海道に行けばジンギスカン、福岡に行けばもつ鍋、豚骨ラーメン!ご当地グルメ三昧の生活はまたもや体重を劇的に増やしたのである。

 気が付けばたった2年で25kg増えて、87㎏になっていた。体脂肪率28.7%、BMI29.4は見事なまでの肥満であった。しかし、それでもまだ自分の姿を正確には捉えていなかったのである。

写真事件

 その日は下の息子が高校受験の面接で、スーツを着用する必要があった。ネクタイを結べない息子が、私に結んでくれと頼んできたので、私は我が子の成長を喜びながら、父の出番にいい気分になっていた。妻がその微笑ましい姿を写真に撮って送ってくれたのだが・・・、

「誰や?このデブ?」

そこに写るデブのおっさんが、自分だと気づくのに10秒くらいかかった。スマートな10代の息子とのコントラストはあまりにも残酷な絵であった。

現実を直視することからダイエットは始まる

 妻が送ってくれた写真が引き金になり、私は本気のダイエットを決意した。毎日体重計にのり、数字は把握していたが、数字より説得力があるのは写真だった。

 そして2024年1月1日、私はダイエットを開始した。しかもどうせやるなら、徹底的に痩せることにした。

目標は以下の何れかを達成すること

  • 体重60kg
  • 体脂肪率10%以下
  • BMI20

ざっと計算したところ、60kgになると体脂肪率やBMIは上記のようになる。数字にとらわれるより見た目が大切だと思うので、あくまでも仮の目標として定めた。

期日は2024年7月中とした。今年の夏は海辺で脱げるイケオジになっているはすである。

ABOUT ME
マヌルネコ
マヌルネコ
50代の雄。過去に20㎏以上のダイエットに2回成功したが維持できず、62㎏から87㎏まで爆太りした。腹が邪魔で靴を履くのが辛いが、今年こそはと本気のダイエットを決意。食事はケトジェニックとローファットを定期的に繰り返し、運動はウォーキングと軽い自重トレーニングで体脂肪率10%以下の細マッチョを目指す。山本義徳先生を心の師匠としているが、首のヘルニアで本格的なジムでのトレーニングはできないが、それでも細マッチョへの回帰は捨てられない。
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